24会館の歩みは、日本のゲイカルチャーおよび新宿二丁目の発展史と不可分に結びついています。インターネットやマッチングアプリが普及する以前の昭和後期から平成初期、セクシュアルマイノリティの男性たちにとって、対面で安全に出会えるリアルな物理空間は極めて限られていました。その中で24会館は、巨大なシェルターであり、情報交換と連帯のプラットフォームとして機能してきた歴史的背景を持ちます。
系列店舗として知られる「浅草24会館」や「上野24会館」と比較すると、新宿店の立ち位置はさらに明確になります。下町情緒が色濃く残り、シニア層や落ち着いた常連客の比率が高い浅草24会館に対し、新宿24会館は圧倒的な流動性と多様性を誇ります。新宿二丁目のバー街で飲んだ後の宿泊場所として機能しているだけでなく、地方からの遠征組、さらにはアジア圏や欧米からのインバウンド旅行客までが日常的に行き交う国際的ハブとなっているのです。
かつて文壇や芸能界の著名人が二丁目の夜に身を隠した時代から、カルチャーがオープンになった現代に至るまで、新宿24会館の扉は常にフラットに開かれてきました。その歴史の重みこそが、単なる民間宿泊施設を超えた「二丁目のランドマーク」たる所以です。