アジア初開催の国際博覧会として国威をかけた1970年大阪万博において、テーマソングの制作は開催3年以上前の1966年から国家規模のプロジェクトとして始動しました。日本万国博覧会協会と毎日新聞社による歌詞の一般公募には、全国から実に13,111通もの応募が殺到。その中から見事選ばれたのが、当時大阪府在住の主婦であった島田陽子の詩でした。
作曲を担当したのは、「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」で世界的な旋風を巻き起こしていた稀代のメロディメーカー・中村八大です。中村は「誰でも一度聴けば口ずさめる親しみやすさ」と「日本の伝統的なヨナ抜き音階をベースにした祝祭感」を融合させ、軽快で力強い楽曲を完成させました。
そして1967年1月14日に楽曲が正式発表されると、同年3月1日、レコード会社の垣根を越えた異例の複数レーベル競作という形で一斉にリリースされたのです。