太平洋戦争の終結を国際法規の観点から厳密に精査すると、「3つの段階」が存在することが分かります。
第1段階が1945年8月15日の停戦合意(休戦協定の前段階)、第2段階が1945年9月2日の降伏文書調印式(軍事的な降伏の成立)、そして第3段階が1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約発効(外交上の交戦状態の終結および主権回復)です。
1945年9月2日、東京湾上の戦艦ミズーリにおいて、日本側全権の重光葵外務大臣と梅津美治郎参謀総長、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーらが署名した「降伏文書」により、大日本帝国陸海軍の無条件降伏とGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領統治が法的に開始されました。
しかし、降伏文書の調印はあくまで軍事的な戦闘行為の終了(休戦・降伏)を意味するに過ぎず、国際法上の「国家間の交戦状態」そのものが消滅したわけではありませんでした。交戦権の完全な終結と日本の主権回復が実現したのは、1951年9月8日に調印され、1952年(昭和27年)4月28日に発効した「サンフランシスコ平和条約」によってです。
この条約が発効したことで、日本はGHQの占領下から脱し、国際社会への復帰を果たしました。法律家や国際政治学者の間では、「日本という国家が真の意味で太平洋戦争を終結させたのは1952年4月28日である」と定義されるケースが少なくありません。