映画での成功を経て、私生活で大きな転機が訪れたのは1983年でした。彼女が人生の伴侶として選んだのは、伝説的グループ・サウンズ「ザ・フィンガーズ」の元メンバーで、実業家として多角経営を手がけていた大谷寛氏でした。華麗なセレブリティ婚としてマスコミの注目を集め、長男が誕生。都内一等地に構えた瀟洒な邸宅での暮らしは、誰もが羨む幸福の象徴に見えました。
暗雲が立ち込めたのは、1990年代初頭のバブル崩壊です。夫の会社が手掛けていた高級リゾート開発や現代アート関連ビジネスなどの大規模投資が相次いで座礁。信用取引の膨張によって負債は雪だるま式に膨らみ、報道各社の取材データによると、グループ全体の関連負債は数十億円規模に達したと伝えられています。
真行寺君枝さんは、妻として夫の事業を支援するため、複数の融資において連帯保証人に名を連ねていました。これが後に彼女自身の人生を大きく縛る足かせとなります。債権者からの激しい取り立て、財産の差し押さえが進むなか、かつての象徴であった豪邸 売却を余儀なくされました。
個人で背負い込んだ債務だけでも約10億円に達し、2004年に東京地方裁判所へ自己破産を申し立てる事態に至ります。自己破産 理由の根底にあったのは、自身の浪費や無謀な散財ではなく、バブル経済の熱狂と家族愛ゆえに引き受けた巨額の保証債務でした。法的手続きを経て免責が確定し、戸籍上も大谷寛氏と協議離婚(ペーパー離婚)を選択。20年以上に及んだセレブ生活は、過酷な経済的破綻によってピリオドを打たれることになりました。