圧力鍋を使う最大の利点は、通常なら3〜4時間かかる長時間の煮込みを劇的に短縮できる点にあります。ここで問われるのが、なぜ圧力鍋だと肉がホロホロに柔らかくなるのかという科学的根拠です。牛肉の赤身部分には「コラーゲン」と呼ばれる強固な結合組織が網目状に張り巡らされており、通常の100℃前後の加熱では分解に膨大な時間を要します。しかし、密閉された圧力鍋内部は約1.8〜2気圧まで上昇し、沸点が115〜120℃に到達します。この超高温の蒸気と水分が、強固なコラーゲンを一気にプルプルの「ゼラチン」へと加水分解するため、スプーンを入れるだけで繊維が解ける極上の質感が完成します。
ただし、部位ごとの肉質を見極めずに加圧すると、かえってタンパク質が凝縮して水分が抜け、パサパサの「出がらし状態」に陥る危険があります。シチューに最も適しているのは、ゼラチン質を豊富に含む「すね肉」や、適度な脂身と筋膜を持つ「バラ肉」です。それぞれの特性に応じた下処理と火入れの設計が、完成度を大きく左右します。
特に重要なのが牛バラブロック肉の下処理です。ブロック肉を調理する際は、まず余分な表面の黄色い脂身をそぎ落とし、大きめの4〜5cm角にカットします。煮込むと肉は2〜3割ほど縮むため、大振りに切ることがジューシーさを残す秘訣です。煮込み用の鍋に入れる前に、フライパンで強火で肉の表面全面に濃い焼き色をつけます。この工程で生じる「メイラード反応」によって香ばしい風味成分が生成され、肉汁を閉じ込めるだけでなく、シチュー全体のコクを決定づけるベースとなります。
一方で、コラーゲンが筋肉全体に密に入り組んでいる牛すね肉の煮込み時間は、バラ肉よりもやや長めの設定が求められます。すね肉は加熱初期に強烈に収縮して一時的に硬化し、その後ゼラチン化が進むにつれて急速に柔らかくなります。中途半端な加圧時間で止めてしまうと、ゴムのような噛み切れない肉になってしまうため、十分な加圧と余熱による放置時間を確実に確保しなければなりません。