ネット上では長年、「細木数子は批判的な記者に対してヤクザを使って脅しをかけた」という噂が語り継がれてきました。この黒い噂について、溝口敦氏の著書『喰うか喰われるか 私の取材ノート』などの証言記録は驚くべき実態を詳述しています。追及取材が佳境に入った際、細木氏側は暴力団関係者を仲介役として立て、講談社幹部や取材陣に対して激しい圧力をかけたとされています。
さらに、芸能界における彼女の権勢を強固にした要因として、元タレントの島田紳助氏との盟友関係が挙げられます。紳助氏は細木氏の鑑定能力と話術に心酔し、自身の番組で彼女を「絶対的なご意見番」として担ぎ上げました。芸能界随一の司会者であった紳助氏の後押しにより、他局のプロデューサー陣も競うように細木氏へ擦り寄る構図が完成したのです。
しかし皮肉にも、紳助氏自身も後に暴力団関係者との親密な交際を理由に芸能界を電撃引退することになります。平成バラエティを牽引した二人の巨頭が、いずれも暴力団との繋がりという同一の根深い闇によって表舞台から退場を余儀なくされた事実は、昭和から平成へと引き継がれた芸能界の構造的病理を象徴しています。