ビジネスパーソンや旅行者が陥りがちな最大の錯覚は、「欧米圏で通用する流暢なビジネス英語を話せれば、上海でもなんとかなる」という思い込みです。現場を取材すると、英語が堪能な人ほど激しいストレスを感じ、かえって英語が話せない人のほうがテクノロジーを駆使して柔軟にトラブルを回避しているという逆転現象が起きています。
代表的な誤解が、「世界的な高級ホテルチェーンであれば、館内どこでも英語が通じる」というものです。浦東や静安区に位置する外資系5つ星ホテルであっても、英語で確実にコミュニケーションが取れるのはフロントデスクとコンシェルジュに限られます。夜間に電話で頼むルームサービスや、客室清掃スタッフ、レストランの配膳スタッフに対して英語で複雑な要望(アメニティの追加指定やアレルギー食材の確認など)を伝えると、意図と全く異なる対応をされたり、無言で電話を切られて別のスタッフに転送されたりすることが頻発します。
また、ビジネス出張における落とし穴も深刻です。「上海の取引先は外資系企業だから全員英語が話せる」と安心し、単身で現地オフィスに乗り込んだものの、現地のビルに入るための受付セキュリティ、ゲストカードの発行、エレベーターホールの警備員とのやり取りが全て中国語のみで、オフィスフロアに辿り着くまでに30分以上立ち往生したという事例は後を絶ちません。
ネット上の古い旅行記で推奨されている「英語で書かれたホテルの名刺を見せる」という手法も、現代の上海では通用しません。ドライバーや道行く市民が認識できるのは、あくまで簡体字の中国語表記(拼音または漢字)のみです。アルファベット表記の施設名を見せられても、彼らは視覚的に目的地を識別できません。英語に依存しようとする姿勢そのものが、現地では最大の行動障壁となって跳ね返ってきます。