多くのネットユーザーが検索窓に打ち込む「三ヶ根山スカイライン心霊の噂と真相」。Google検索やSNSの掲示板でオカルト的な噂が後を絶たない背景には、昭和の観光開発の盛衰と、重厚な歴史的遺構が複雑に絡み合った明確な構造的理由が存在します。
第1の要因は、山頂付近に今なお佇む近代産業遺産、すなわち三ヶ根山ロープウェイ廃墟の現在です。1957年(昭和32年)、高度経済成長の波に乗って名鉄グループにより山麓の形原温泉と三ヶ根山頂を結ぶ全長約900メートルの観光ロープウェイが開業しました。当時は年間数十万人の観光客で賑わいましたが、モータリゼーションの進展に伴い1976年に運行休止、廃止へと追い込まれました。機械室や山頂駅舎の基礎コンクリート、錆びついた支柱の一部が藪の中に長年放置され、その荒涼とした風情が「怪異の舞台」としてネット上で一人歩きしたのが真相です。
さらに山頂尾根には、昭和中期に建設されたものの観光需要の変化に伴って閉館した温泉旅館や保養所の跡地が存在し、外観の朽ちた様子が心霊系YouTuberや都市伝説愛好家の格好の標的となってきました。現在では建物の解体やフェンスによる厳重な立ち入り禁止措置が進められており、無断侵入は建造物侵入罪に問われる重大な違法行為です。
第2の、そして最も本質的な要因が、山頂東側に鎮座する三ヶ根山殉国七士廟の存在です。ここは、第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)において処刑された東条英機元首相らA級戦犯7名の遺骨が、弁護団や関係者の尽力により極秘裏に火葬場から運び出され、1960年に埋葬された国内極めて稀な歴史的聖域です。高さ5メートルを超える堂々たる慰霊碑が建立されており、現在も慰霊祭が厳粛に執り行われています。
国家の運命を背負った歴史上の重鎮たちが眠る静寂な空間であるにもかかわらず、事情を知らない一部のネットユーザーや若者が、夜間の暗闇と「戦犯の墓」「巨大な石碑」という断片的な記号だけを面白半分に結びつけ、根拠のない心霊スポットとして仕立て上げてしまったのです。現場を取材すると、そこにあるのは怪奇現象ではなく、昭和の激動を今に伝える厳粛な近現代史のモニュメントに他なりません。