仙台フィルを支えた奏者・渋谷由美子の足跡|ジュリアードの教えと音楽教育
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帰国後、渋谷由美子の名が最も広く知られるようになった舞台が、仙台フィルハーモニー管弦楽団(就任当時は宮城フィルハーモニー管弦楽団)でした。彼女はこのオーケストラで、約22年間という長きにわたりコンサートマスターを務め上げました。
コンサートマスターとしての高い牽引力
コンサートマスターは、単なる「第1ヴァイオリニストのトップ」ではありません。指揮者の意図を察知し、それをオーケストラ全体へと瞬時に伝達する神経系のような役割を担います。時には客演指揮者とオーケストラの協調を支え、時には自らの弓の動きで奏者のリズムを一つにまとめ上げます。
渋谷の立ち振る舞いは、常に冷静でありながら情熱的でした。彼女が奏でるソロパートは、オーケストラのサウンド全体に明るい芯を通し、多くの名演を生み出す原動力となったのです。
東北の地にクラシック音楽の根を張る熱量
22年間という年月は、一つのオーケストラが地域に根差し、プロフェッショナルとして成熟していく歴史そのものでした。定期演奏会はもちろん、東北各地での鑑賞事業や特別演奏会において、渋谷は常にステージの先頭に立ち続けました。仙台市が「音楽の都」として成長していく過程には、間違いなく彼女の奏でるヴァイオリンの音が寄り添っていました。