料理人たちの間でいま、ひとつの到達点として語り継がれている銘品がある。菊の節句に由来する「重陽」の名を冠したシリーズだ。鏡面のように磨き上げられた刀身は、光を吸い込むような深遠な輝きを宿し、切刃には吸い付くような蛤刃(はまぐりば)が施されている。直線と曲線が織りなすそのフォルムは、冷酷なまでの機能美を放つ。
「初めて握った瞬間、手首と包丁の重心が完全に一致した」。銀座の鮨割烹で板場を任される料理人はそう振り返る。切り付けの際、刃の重みだけでマグロの筋を撫でるように断ち切る。引く力も押す力もいらない。ただ呼吸を合わせるだけで、狙った薄さの切り身がまな板に落ちる。道具が身体の一部と同化する快感。それは一度体験してしまうと、二度と他の包丁には戻れなくなる中毒性を持っている。