キスの調理において、もっとも多くの人が直面するトラブルが「おろしている最中に身が割れる・ちぎれる」という現象です。日本料理店で魚の仕込みを担当する板前や現場の取材を通じて見えてきたのは、技術不足以前に「魚の物理的特性への誤解」が存在するという事実です。
身が崩れる原因は、主に以下の3点に集約されます。
1. 真水への浸けすぎによる細胞の破壊
シロギスの身は水分を極めて吸いやすい構造をしています。エラや内臓を取った後に流水でジャブジャブと洗ってしまうと、浸透圧の差によって細胞が水分を含んで膨張し、繊維がもろくなります。下処理の段階で真水に触れさせる時間は必要最小限の数秒にとどめ、直後にキッチンペーパーで水分を徹底的に拭き取ることが鉄則です。
2. 刃をノコギリのように往復させる包丁使い
身が柔らかいキスに対して包丁を前後にギコギコと動かすと、繊細な筋繊維が引きちぎられて断面が毛羽立ちます。包丁の刃元から刃先までを大きく使い、「一方向に滑らせるように引く」動作を意識するだけで、身割れは劇的に減少します。
3. 手のひらの体温による脂とタンパク質の変性
魚の脂は人間の体温(約36度)でも容易に緩みます。小型魚であるキスを手のひら全体で強く握りしめながら作業すると、身が温まり、短時間で弾力を失ってしまいます。触れる際は指先で軽く押さえる程度にとどめ、手際よく作業を進めるスピード感が求められます。