飲食店や調理科学の現場を取材すると、家庭料理における鶏肉の失敗原因は「火入れ温度に対する理解不足」に集約されることが分かります。都内で人気焼鳥店を営む料理長は次のように現場の実態を証言します。
「多くの方が『むね肉=固くてまずい肉』と思い込んでいますが、それは完全に火を通しすぎているからです。鶏肉のタンパク質(ミオシン)は約60℃前後から凝固を始め、68℃を超えると水分を外へ激しく排出し始めます。もも肉は筋間に脂肪が入り込んでいるため、加熱過多になっても脂が潤滑油となってパサつきを感じにくい。しかし、筋間脂肪がほとんどないむね肉やささみを沸騰した湯や高温のフライパンで長時間加熱すれば、水分が抜けてゴムのような食感になるのは物理現象として当然なのです」
SNSや料理コミュニティでも、「唐揚げをもも肉から節約のためにむね肉に変えたら、家族から『パサパサして別物だ』と不満が出た」という声が頻繁に見受けられます。これは肉質の特性を無視して、もも肉と全く同じ揚げ時間・同じ衣で調理してしまったことが原因です。
現場の検証実験によれば、むね肉を唐揚げにする際は、肉の繊維を断ち切る「そぎ切り」を行い、肉重量に対して約10%の水分(酒や生姜醤油)と小さじ1杯のマヨネーズや片栗粉を揉み込んで表面をコーティングすることで、肉汁の流出を物理的に遮断できます。このひと手間を加えるだけで、もも肉に引けを取らない柔らかさを実現することが可能です。