一青かづ枝は1944年(昭和19年)、太平洋戦争末期の東京都で7人きょうだいの五女として生を受けました。決して裕福ではない戦中・戦後の混乱期のなか、幼少期から芯の強い自立心と快活な性格を育んでいきます。一般的な女性の選択肢が限られていた時代背景において、彼女は生命保険会社での勤務を経て一念発起し、手に職をつけるべく美容師免許を取得しました。女性が自らの腕一本で生きていく土台を築いていた事実は、彼女の主体的な人生観を象徴しています。
そして彼女を語る上で欠かせないのが、石川県能登半島(旧鳥屋町・現中能登町一青地区)に連なる「一青」の姓とルーツです。能登の土壌に古くから根付くこの珍しい苗字は、守護神や地縁を重んじる誇り高い歴史を持っています。後に娘たちが台湾の父の姓(顔)から母方の姓(一青)へ改姓した背景にも、母が愛し誇り続けた能登の血脈と家族への深い敬意がありました。
20歳を過ぎ、東京の社交の場で人生を一変させる相手と出会います。それが、当時日本と台湾を行き来していた青年実業家、顔恵民(がん・けいみん)でした。洗練された身のこなしとどこか翳りのある知性を漂わせる恵民との出会いは、かづ枝を東アジアの近現代史が渦巻く激動の渦へと導くことになります。