二十歳の原点とシアンクレール|高野悦子が愛した名曲喫茶の現在と跡地

二十歳の原点とシアンクレール|高野悦子が愛した名曲喫茶の現在と跡地

二十歳の原点とシアンクレール|高野悦子が愛した名曲喫茶の現在と跡地の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。

高野悦子の日記『二十歳の原点』を読み進めると、幾度となく登場する喫茶店の名前があります。それが、京都市上京区・荒神口の交差点近くに佇んでいた名曲喫茶「シアンクレール」です。当時、彼女が籍を置いていた立命館大学文学部日本史学専攻の学び舎は、現在の衣笠キャンパスではなく、京都御所の東側に位置した立命館大学広小路キャンパスにありました。大学の校門から河原町通を南へ数分歩いた荒神口界隈は、多くの学徒が行き交う学生街の活気に溢れていた場所です。

『二十歳の原点』において、シアンクレールは単なる喫茶店以上の特別な意味を帯びています。1969年1月2日の記述から始まる日記の中で、高野悦子は同店を「精神のシェルター」のように捉えていました。全共闘運動の熱狂とバリケード封鎖、仲間たちとの議論のすれ違い、そして自分自身の未熟さに打ちのめされた時、彼女は決まってシアンクレールの扉を押し開けました。

店内に足を踏み入れると、街の喧騒を遮断する分厚い絨毯と重厚な木製家具、大型スピーカーから流れるバッハやベートーヴェンの調べが空間を満たしていました。高野悦子は奥まった席に身を沈め、シアンクレールのオリジナルマッチで煙草に火を点けながら、何杯ものブラックコーヒーとともに自意識の深淵を見つめ、ノートにペンを走らせていたのです。「旅に出よう/テントとシュラフの入ったザックを背負い/歩いてゆこう」という有名な詩篇『旅立ち』が生み出された背景にも、この静謐な喫茶店での長い思索がありました。

橋本 菜々子
Author

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。