ネット上の一部では、「アシリパの変顔は単なる悪ふざけや下品なスカトロギャグの類ではないか」という浅薄な見解が散見されることがあります。しかし、物語構造を精密に分析すると、その認識が的外れであることが明白になります。
本作における変顔は、過酷な物語のバランスを保つ「高度な作劇上の緩衝材」として極めて重要な役割を果たしています。『ゴールデンカムイ』の主軸は、日露戦争の凄惨なトラウマを抱えた元兵士たちによる、血で血を洗う殺戮戦です。杉元佐一という主人公は、戦場で「不死身の杉元」と恐れられ、自らの人間性を削りながら生き抜いてきた男でした。
そんな杉元の荒んだ精神を救ったのは、高潔な倫理観の説教ではなく、アシリパと一緒に鍋を囲み、オソマやチタタプでくだらない顔芸を交わし合う「他愛のない日常」でした。死と隣り合わせの殺伐とした世界線に、笑いという絶対的な生のエネルギーを注入すること。彼女の顔芸は、キャラクターたちが人間性を失わずに前へ進むための不可欠な生命維持装置だったのです。
また、異文化理解の側面からも秀逸です。異なる民族が出会った際、最初からすべてを理解し合えるはずがありません。「見たこともない食べ物にドン引きし、変な顔をする」という至極真っ当なファーストリアクションをユーモアで包んで描くことで、教条的にならず、自然な歩み寄りとリスペクトのプロセスを読者に提示しています。