日本で安楽死制度が法制化されない最大の要因は、法曹界および医療界における確固たる規範意識と、過去の重大な刑事判例にあります。国会での立候補者が政策として掲げるケースはあるものの、法務省や日本医師会は慎重姿勢を一貫して崩していません。
日本における安楽死の違法性阻却事由(例外的に犯罪とならない条件)を語る上で、外せないのが1995年の東海大学医学部付属病院事件判決(横浜地裁)です。末期がん患者に対して塩化カリウムを投与した医師が殺人罪に問われたこの裁判で、裁判所は積極的安楽死が許容されるための「4要件」を明示しました。
判決が示した4要件は以下の通りです。
- 患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること
- 死が避けられず、その時期が切迫していること
- 肉体的苦痛を除去・緩和するための代替手段が尽きていること
- 患者本人の明確な意思表示があること
一見すると条件さえ整えば可能に思えますが、法曹関係者や臨床医の間では「この4要件を臨床現場で完璧に満たすことは実質的に不可能」と指摘されています。特に緩和医療技術が進歩した2026年代以降、「代替手段が尽きている」と証明することは極めて困難です。さらに、強い鎮痛薬の影響下にある患者が法的に真正な「明確な意思表示」を行えているかを客観的に立証するハードルは極めて高く、医師が殺人罪のリスクを冒してまで積極的安楽死を行う余地は事実上塞がれています。
さらに、2019年に発生したALS(筋萎縮性側索硬化症)患者を巡る嘱託殺人事件では、担当医師らに実刑判決が下されました。裁判所は「生命の尊厳を軽視し、短絡的な処置で命を奪った」と断罪し、嘱託殺人と安楽死の峻別、そして制度不在のなかでの医療従事者の介入を厳格に退ける姿勢を再確認させました。