アメリカ国旗の起源を語る際、学校教育や観光ガイドで必ずと言っていいほど紹介される人物が、フィラデルフィアの裁縫師ベッツィー・ロス(Betsy Ross)です。彼女が円形に13個の星をあしらった初代星条旗を縫い上げ、ジョージ・ワシントン自らの依頼に応えたというエピソードは、アメリカ建国史における最も美しい物語として語り継がれてきました。
しかし、近年の歴史学研究および公文書の徹底調査によって、この「ベッツィー・ロス伝説」は史実ではなく、後世に創られたロマン主義的な建国神話である可能性が極めて高いことが判明しています。
発端は独立から約1世紀が経過した1870年、ベッツィー・ロスの孫であるウィリアム・キャンビーがペンシルベニア歴史協会で発表した個人的な親族の口伝でした。「祖母のベッツィーがワシントン将軍に、6つの角を持つ六芒星ではなく、ハサミ一刀で切り出せる五芒星(ファイブ・ポインテッド・スター)を提案し、円形デザインの旗を作った」というドラマチックな手記は、南北戦争後の傷ついた国家の一体感を高めたい当時のアメリカ社会に熱狂的に受け入れられました。
しかし、大陸会議の公式議事録や財務記録、ワシントンの書簡集をどれほど捜索しても、ベッツィー・ロスに初代国旗の製作を直接依頼した、あるいは彼女がデザイン考案に関与したという一次史料は1件も発見されていません。実務的に国旗のデザインへ深く関与した証拠が残っているのは、ニュージャージー州代表の大陸会議代議員であり、独立宣言署名者の一人でもあるフランシス・ホプキンソン(Francis Hopkinson)です。ホプキンソンは1780年、大陸会議に対して国旗や公印のデザイン報酬としてワイン樽などを要求する公式請求書を提出しています。
それにもかかわらず、なぜベッツィー・ロスの物語は現代まで淘汰されずに生き残ったのでしょうか。そこには、建国期における「家庭を守りながら陰で国家を支えた母性的な女性ヒーロー」を求める社会心理学的な欲求が働いていたと考えられます。血生臭い戦場や政治闘争の歴史の裏側に、市井の職人女性の慎ましくも機知に富んだ手仕事を結びつけることで、建国の記憶は国民全体のものとして情緒的に定着していったのです。