辞書を引くときも、スマートフォンの連絡先をスクロールするときも当たり前に使われている五十音順。この秩序のルーツは、平安時代中期の仏教僧たちが経典を正確に読誦するために導入した日本語五十音図の歴史に遡ります。
平安時代、天台宗や真言宗の学僧たちは、仏教の聖語である梵語(サンスクリット語)を表記する「悉曇(しったん)文字」の音韻体系を熱心に研究していました。サンスクリットの文字表は、調音器官の位置(音をどこで作るか)によって、喉の奥から唇へと整然と配置されていたのです。平安後期の僧・明覚(みょうがく)が記した『反音作法(はんおんさほう)』などによって体系化されたこの理論が、日本語の仮名に応用された結果が現在の五十音図でした。
子音の並び順である「か行(k)→さ行(s)→た行(t)→な行(n)→は行(h/昔はp)→ま行(m)」を観察すると、五十音の順番の理由が明快に分かります。奥舌と軟口蓋で作る「か行(喉・軟口蓋音)」から始まり、舌と上顎を使う「さ行・た行(口蓋音・歯茎音)」を経て、最後に両唇を閉じて開く「ま行・は行(唇音)」へと、調音の位置が喉の深部から徐々に前方へと前進しているのです。母音の「あ(a)・い(i)・う(u)・え(e)・お(o)」も同様に、喉を大きく開く「あ」から、舌の位置や唇のすぼめ方に応じた音響的必然性によって導き出されました。
私たちが日常で何気なく唱えている順序は、千年前の知の巨人たちが人間の身体構造と音声生理学の連動を見抜いて設計した、極めて合理的な音響工学の結晶なのです。