だが、この名品を取り巻く環境は決して平坦ではない。2026年、国際的な森林保護規制の厳格化とワシントン条約の枠組み強化により、箸の主原料である良質な黒檀や紫檀の入手難度は歴史的ピークに達している。成長に数百年を要する銘木は、いまや手に入れること自体が奇跡に近い。
水に沈むほど密度が高く、硬質な唐木(とうぼく)は、耐水性に優れ、細く削り出しても折れない剛性を持つ。安易な代替素材に走れば、箸先の細さと強度のバランスが崩れてしまう。工房では、先代が何十年も前に仕入れた秘蔵の古材をミリ単位で無駄なく切り出し、一本一本を削り出している。「材がないからといって、太く鈍い箸を作るわけにはいかない」。資源枯渇という冷酷な現実のただ中で、一本に込める職人の緊張感はこれまで以上に研ぎ澄まされている。